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大阪地方裁判所 昭和36年(ワ)4145号 判決 1965年4月24日

原告 株式会社 幸福相互銀行

被告 国 外一一名

訴訟代理人 上杉晴一郎 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、原告が、別紙物件目録(一)ないし(三)記載の土地建物につき大阪法務局北出張所昭和三三年九月一六日受付第二〇六五〇号をもつて、同目録(四)記載の土地につき神戸地方法務局芦屋出張所同年九月二五日受付第六〇五一号をもつて、それぞれ同年九月一六日付代物弁済予約を原因としてなされた所有権移転請求権保全の仮登記を有していることは、被告阪神麦酒を除く当事者間に争がなく、右の事実に、原告と被告竹田、同山本、同福本、同入江(以下被告竹田ほか三名という)、同幸田精商店を除くその余の被告らとの間では全部につき、原告と被告竹田ほか三名との間では官署作成部分につき、それぞれ成立に争がなく、被告竹田ほか三名(但し、右官署作成部分を除く)、同幸田精商店との関係では被告石川本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一、二号証、同第四号証の一、原告と被告竹田ほか三名、同幸田精商店を除くその余の被告らとの間では成立に争がなく、被告竹田ほか三名、同幸田精商店との関係では被告石川本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第三号証、原告と被告幸田精商店を除くその余の被告らとの間では成立に争がなく、被告幸田精商店との関係では真正に成立した公文書と推定すべき甲第四号証の一、二、原告と被告竹田ほか三名、同大阪市、同国との間では成立に争がなく、その余の被告らとの間では真正に成立した公文書と推定すべき甲第五号証、及び被告石川本人尋問の結果、並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告は、昭和三三年九月一六日、被告石川との間に、福種一〇万円会梅一〇組三一七九番ないし三二七八番の相互掛金契約を結ぷとともに、右契約及び将来結ぶべき相互掛金契約による給付等の方法により継続的に金員の給付または貸付をなすことを約し、右継続的融資契約母基き同被告が原告に対し負担すべき債務を担保するため、同日、同被告との間に同被告所有にかかる別紙物件目録(一)ないし(三)記載の土地建物につき、被告宮本との間に同被告所宥にかかる同目録(四)記載の土地つき、それぞれ債権元本極度額を金一、一三〇万円とする根低当権設定契約、並びに右被告両名との間に右同一物件につき予約完結当時残存する債務額の支払に代えてその所有権を原告に移転する旨の代物弁済の予約を締結し、右予約を原因として前記所有権移転請求権保全の仮登記を経由したこと、しかして、右予約上の権利を実行して右担保物件の所有権を取得すると、又抵当権の実行をなすとは債権者たる原告の任意に選択し得るものとしたこと、原告は同日被告石川に対し、前記相互掛金契約の加入者として契約給付金一、〇〇〇万円を交付し、同被告は原告に対し、右契約に基く掛戻金一、三六五万円を昭和三三年九月から昭和三六年一一月まで毎月二一日限り金三五万円宛(合計三九回)原告に支払う旨、及び特約として掛金(割賦弁済)の支払を一回でも怠つたときは、期限の利益を失い、右代物弁済予約を完結(残存債権額の支払に代えて右担保物件の所有権を取得する)し得るほか、なお直ちに残債務額に金一〇〇円につき一日五銭の割合による遅延損害金を附加して支払う旨約したこと、ところが同被告は昭和三三年一二月分までの掛金を支払つただけで、昭和三四年一月分の支払を怠つたので、右特約により同月二二日限り期限の利益を失い、同月分以降の掛戻金残額一、二二五万円及びこれに対する同日以降支払ずみまで金一〇〇円につき一日五銭の割合による遅延損害金の支払義務を負うに至つたこと、その後、同被告は、右掛戻金につき原告主張のとおり昭和三四年三月二四日から昭和三五年一〇月二四日までの計九回に計七〇〇万円を、別紙遅延損害金明細表記載の昭和三四年二月二八日から昭和三六年一〇月一〇日までの遅延損害金三六三万六、五〇〇円(但し、昭和三四年一月二二日から同年二月二七日までの分は原告において請求権を放棄。右明細表のうち、昭和三四年一一月二〇日から同年一二月三一日までの分は四二日、金一九万一、一〇〇円の、昭和三五年一〇月二五日から昭和三六年一〇月一〇日までの分は三五一日、金九二万一、三五七円の、それぞれ計算誤りと考えられ、遅延損害金の合計は正しくは金三六四万三、六七五円となるが、原告の自認するところであり、後記判断を左右するにたりないから、以下原告主張の金額によることとする)につき、原告主張の二回に計四四万四七五円を、それぞれ内入弁済したが、右弁済額を控除した同年一〇月一〇日現在の掛戻金残額五二五万円、及び遅延損害金残額三一九万六、〇二五円、合計八四四万六、〇二五円を支払わなかつたこと、そこで、原告は被告石川、同宮本に対しそれぞれ同年一〇月一二日に到達した内容証明郵便で、右残償務の弁済に代えて本件物件の所有権を取得する旨の代物弁済予約完結の意思表示をしたことが認められ(右認定事実のうち、原告主張のような代物弁済の予約がなされたとの点を除き、その余の事実は原告と被告石川、同宮本との間に争がなく、原告と被告石川との間で、原告主張の日に、その主張のような根低当権設定契約及び代物弁済の予約がなされ、その主張の日に右予約完結の意思表示がなされた事実は、原告と被告大阪府との間に争がない)、右認定に反する証拠はない。

そして、被告竹田ほか三名、同阪神麦酒、同幸田精商店が別紙物件目録(一)ないし(三)記載の土地建物につき、被告大阪府が同目録(一)ないし(四)記載の土地建物につき、被告大阪市、同国が同目録(三)記載の建物につき、それぞれ原告の前記所有権移転請求権保全仮登記の後になされた別紙登記目録記載の各登記を有していることは、原告と右各被告らの問に争がない。

二、そこで、被告ら主張の抗弁について判断する。

(一)  被告国は、本件代物弁済の予約は被担保(被予約)債権が存在しない無効の契約であると主張するが、被担保(被予約)債権が存在することは前記認定のとおりであるから、右主張は理由がない。

(二)  次に、被告石川、同宮本は、本件代物弁済の予約によると、予約成立当時被担保(被予約)債務額が予め確定していないのみならず、常に変動していくことが窺われるのであり、このような不確定な債務を目的としてなされた代物弁済の予約は内容において具体性を欠くから無効であると主張し、被告阪神麦酒、同国、本件代物弁済の予約は暴利行為であるから無効であると主張する。

なるほど、前記認定の事実によると、本件代物弁済の予約は、原告、被告石川間の継続的融資契約に基き、現在または将来発生すべき原告の同被告に対する債権を担保するため、根抵当権設定契約とともに締結された「根代物弁済予約」ともいうべきものであつて、右予約完結権の行使により消滅すべき債権額は予約成立当時予め確定しておらず、増減、変動することが予定されていたことは明らかである。しかしながら、右のような代物弁済の予約も、根抵当権設定契約と併用され、実質上債権担保の手段として広く行われていることは当裁判所に顕箸な事実であり、各種の根担保が法律上是認されていることを考えると、被担保(被予約)債権の特定性に欠けるところはないものというべきであるから、これを無効とする理由はなく、被害石川、同宮本のこの点に関する主張は採用できない(大阪地裁昭和三九年三月一一日判決、判例タイムズ一六一号一二三頁以下参照)。

また、前記認定のように、代物弁済予約完結当時残存する債権額、すなわち予約完結までに一部の弁済があり残存債権額が当初の債権額よりも減少している場合にも、目的物件をこれと同額とみなして、その所有権を取得できるという趣旨の本件代物弁済の予約は、確かに債権者たる原告に有利であることは否定できないが、原告としては債権元本極度額の範囲内で相互掛金契約の給付等の方法により継続的に融資の便宜を供与する関係上(実質的には、割賦返済約款付の貸付を行うこととなる)、予約締結時から予約完結時までに相当の期間が経過し、その間に債権額の増減変動はもとより、目的物件の担保価値が減少することも予測されるため、予約締結にあたり債権担保の目的を十分達成しうる方法を講じようとし、他方債務者としても右の事情を知りながら、債権者に右のような債権確保の便宜を与えることにより融資を得ようとして、その自由意思により予約完結当時の債権額が弁済により予約締結当初の債権額より減少していても、予約完結当時残存する債権額について代物弁済を約しているのであるから、原則としてその効力を否定する理由はない。このような額の特定しない残額積権についての代物弁済の予約の効力及び内容は、当事者が予約を締結した目的に照らし、双方の信義誠実と公平にかなうよう合理的に解釈すべきであり、特段の事情がない限り、当事者の意思のなかには極めて少額の残額債権でも代物弁済の予約を完結しうるとの趣旨までは含まれないものと解して、有効と認めるべきである(前記大阪地裁判決参照)。従つて、右の特段の事情について何ら主張、立証せず、これを一般的に暴利行為として無効とする被告阪神麦酒、同大阪府の主張は採用できない。

(三)  次に、被告大阪府、同大阪市、同国は、代物弁済の予約完結権は被担保債権の相当額の弁済により消滅するものと解すべきところ、本件においても被告石川の内入弁済額は相当額に達しているから、代物弁済の予約完結権は消滅したと主張し、被告大阪府、同国は、被担保債権の一部弁済があつた場合には、弁済額を債務者に返還したうえでなければ、代物弁済の予約を完結することはできないものというべく、原告がこれを返還しないで本件代物弁済の予約完結権を行使したのは無効であると主張する(被告阪神麦酒の抗弁(二)の主張も後段と同趣旨と解される)。

しかしながら、被告大阪府ら主張のような代物弁済予約完結権の消滅に関する一般論は、代物弁済予約締結の際、残存債務の代物弁済として被担保物件の所有権を取得できるかどうかについて当事者間に別段の合意がなされていない場合に限り、是認されるものというべきところ(同被告らの援用する判決はいずれも右のような事案に関する)、本件代物弁済の予約においては予約完結当時の残存債権額をもつてする代物弁済である旨の特約があり、しかも右特約が有効であることは前記のとおりであるから、同被告らのこの点に関する主張は採用できない。

もつとも、右のような特約があつたとしても、それはいかなる場合も有効だというのではない。特約における当事者間の合意は、信義、誠実と公平、公序良俗の原則から当然考えられる合理的な制約(例えば、暴利行為、公序良俗違反、権利濫用)があるのは勿論である。従つて、残存債務が極めて少額になつた場合は、少額の残存債務の代物弁済として被担保物件の所有権を取得し得ないものと解すべきである。そこで本件において残存債権額が右の程度(代物弁済の予約を完結し得ない)に減少しているかどうかについて考察してみる(後記認定の如く如何なる時期における残存債権額かはいま論外として)。前記認定の事実によるを、被告石川の内入弁済額は掛戻金八四〇万円(遅滞前一四〇万円及び遅滞後七〇〇万円)、遅延損害金四四万四七五円、計八八万四七五円であり、債権全額一、七二八万六、五〇〇円(掛戻金一、三六五万円及び遅延損害金三六三万六、五〇〇円)の約五割一分強に当るが、本件代物弁済の予約においては、予約締結の際に予め債権極度額と本件物件の価格とが等価関係に立つものとして当事者間に評価されているものとみるのが相当であるから、弁済額でなく、債権極度額と残存債権額とを比較すべきところ、残存債権額八四四万六、〇二五円は債権極度額一、一三〇万円の約七割五分弱に当る。

そうだとすれば、本件代物弁済の予約完結当時、残存債権額が極めて少額であつたとはいえないから、被告大阪府らの主張はいずれにしても理由がない。

ところで、前記認定のように、本件にあつては、割賦弁済債務について割賦弁済を一回でも怠つたときは期限の利益を失うとし、この事由の生じたときは債権者は根低当物件につき、代物弁済の予約を完結することが出来る、しかも予約完結当時の残存債権額の支払に代えてその所有権を取得出来ると契約したものである。このようた場合、債権者は予約完結権を行使し得る事由の生ずるときまで債権の一部(割賦金)、の弁済を受け、右事由の生じたとき前示の如き制約のない限り、残存債権のために代物弁済の予約を完結することが出来る。しかしながら、一旦予約完結権を行使し得る事由の生じたとき以後において、特段の事情、例えば、債務者の懇請を容れて最初の予約完結権の行使を猶予した如き事情などなくして、債権者が債務者から当初の債権額の半分以上にあたる金額を弁済として受領したような場合に、なお、減少した残存債権額のために、代物弁済予約の完結権を行使し得るか否かは、更に一考を要するものと考えられる。すなわち、このようた場合、特段の事情のない限り、債権者はもはや代物弁済予約完結権を行使せず、他に存する抵当権の実行(これを任意選択して)によつて満足を得る趣旨で弁済を受領して来たものと解せられ、債権者においては代物弁済予約完結権を失つているものとみなければならない場合もあるであろう。また、一面最初に予約完結権を行使し得る事由の生じた時の残存債権額は、それ以後に弁済を受けることによつて逐次減少し、このさらに減少した残存債権額のために債権者の勝手な時期に予約完結権を行使し得るものとするのは債務者に極めて不利であつて、信義誠実と公平の観念に著しく反するものである。従つてそれにも拘らず予約完結権を行使し得るとするには、信義と公平の観念上最初に完結権を行使し得る事由の生じた以後において弁済を受けた金額を債務者に返還するか、若しくは返還する債務を負担する意思を表示して後に予約完結権を行使し得るものと解するのが相当である。

本件にあつては、前記認定の如く、債権者たる原告において、最初に予約完結権を行使し得る事由の生じたとき、すなわち被告石川が最初に昭和三四年一月二一日の掛戻金の支払を怠つたときの残存債権額は一、二二五万円であるところ、そのうち金七〇〇万円はそれ以後の昭和三四年三月二四日から昭和三五年一〇月二四日までの計九回に弁済されており、右金額七〇〇万円は掛戻金総額一、三六五万円の半額以上にあたり(当初に同被告が現実に受領した金額一、〇〇〇万円の実に七割に上る)、その弁済の時期も割賦弁済の最終回の期限に至らない以前である。ところが原告は当初は予約完結権を行使しようとせず債権額が右のように減少した後に至り、他に抵当権を実行し得るのになお残債権元金五二五万円、及び昭和三四年二月二八日以降昭和三六年一〇月一〇日までの遅延損害金残額三一九万六、〇二五円の合計八四四万六、〇二五円の残債権のため代物弁済として、被告石川、同宮本に対し昭和三六年一〇月一二日到着の書面を以て本件物件の所有権を取得する旨の予約完結の意思表示をしたのである。しかして同被告らの懇請を容れて原告が予約完結権の行使を猶予したような特段の事情も、右の予約完結権の行使に際し、昭和三四年一月二一日の後に受領した金額を返還する債務を負担する意思を示した点も、本件の証拠上認められない。

そうだとすると、昭和三四年一月二一日の後に受領した金額を返還する債務を負担しない意思を示した右の予約完結の効果を発生するものとは認められない。

三、よつて、右予約完結の意思表示により本件物件の所有権を取得したことを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、すべて失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担恒つき民事訴訟法策八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石崎甚八 元吉麗子 安井正弘)

別紙目録<省略>

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